カテゴリ:お友達( 18 )

 人生には数多くの出会いと別れあるが、物理的に会えなくてもいつでも人とつながっていられるのがこの時代だ。駐在時代の米人の同僚や、住んでいた家の隣人と今でもときどきメールで連絡しあっており、遠く離れている気がしない。が、最近これを上回るデジタル時代の交友を体験した。
 若き友人N君のことは以前記事にした。帰国後も何度かメールを交換し、その後ニューヨークからテキサスに移り勉強を続けていると聞いていた。それでもやはりメールは、お互いに発信する意思がないとだんだん疎遠になる。
 ある日、ずっと以前N君に誘われて入会していたFACEBOOKに、数年ぶりにアクセスして彼のウォールをチェックしたら、何と彼が今年帰国し同じ東京の空の下で働いていることがわかった。しかも地下鉄で二駅先にいるようだ。早速FACEBOOKにコメントし、再会を果たすことができたという次第。
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 FACEBOOKを通して彼の近況を理解していたので、7年のブランクを軽々と乗り越えることができた。ソーシャル・ネットワーキングの威力をまざまざと感じた瞬間である。
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by scott_yonezawa | 2010-12-26 19:51 | お友達
 ふと思いついて、大学時代からの友人と、那須に住む共通の友人の顔を見に出かけた。2008年に訪ねたときは冬だったので、次回はぜひ新緑の季節に来てみたいと思っていたら、偶然友人も同じ思いだったらしく、日帰りドライブとなった次第。 
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 那須はまさに若い緑にあふれていた。木陰のレストランでランチをとりながらお互いに近況報告、その後少し山奥に入ったところにある露天風呂で、まさに旧交を温めた。
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by scott_yonezawa | 2010-05-23 22:46 | お友達
 2月中旬に異動の内示があってから、いろいろな方から送別会を開いていただいた。会社の同僚、取引先など仕事関係の方々との会は、この4年間の名古屋での仕事を振り返る良い機会となった。ここでの経験があったから、次の異動先と縁ができたといっても過言ではない、本当に貴重な経験をさせていただいた。ここで出会った皆さんとは次の職場でも関係が深いので、送別会というより壮行会かな。ありがとうございました。

 それにも増してうれしかったのは、プライベートでお付き合いいただいた方々が開いてくださった送別会だ。
 ひとつは、このブログでのお付き合いがオフ会につながり、今では旧知の友のように接して下さる「cuococarina」さんと「慎之介」さん。家族のことや趣味のことなどお二人の語り口に引き込まれ、いつも愉快な時間を過ごさせていただいた。寄る辺なき名古屋で、お二人の先輩の存在がどれほど心強かったか、本当にありがとうございました。

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 そしてもう一つ、ヤマハでの音楽仲間。先生や代打ちの名古屋芸大のお弟子さんはもとより、年に一度のクラス・コンサートを通じて知り合った諸先輩は、リタイア後もサックスを趣味として続けておられる方々が多く、その熱意と音楽への愛情に深い敬意を覚えた。特にアンサンブルをご一緒いただいたHさんと、Mさん。お二人は僕と年も近く、仕事を抱えながら音楽を続ける難しさを理解いただける良き仲間で、自分が表現したい理想の音楽と腕前のギャップについて、いつも素直に意見交換させていただいた。「やっぱり先生の教え方が良くないよなあ」とか...(笑)名古屋でサックスを再開し、続けてこられたのも、お二方からの刺激があったからこそ、本当にありがとうございました。

 写真は、Hさん、Mさんが開いてくださった送別会で訪れた金山の「空」。看板が出ていないので探すのに一苦労。でもスタッフのフレンドリーな接客に癒されるお店でした。なおこの後もう一軒はしごしたのは言うまでもない。
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by scott_yonezawa | 2010-03-20 12:22 | お友達
 昨年末から機会を伺っていた「おじさんオフ会」がようやく実現した。
 ご参加いただいたのは、私の単身赴任先の兄貴達、「かわいいコックさんのTALK TO-西洋家庭料理 ぼうがいっぽん」のcuococarino さんと、「慎之介の単なるボヤキ」のsinsama2さんだ。
 おふたりとのオフ会は昨年5月についで2度目だが、優しいお二人に、旧知の友のように接していただいている。本当にありがとうございます。
 場所も前回同様cuococarinoさんの小学校時代の同級生が経営する、金山のメリメロ亭。フランス料理の修業をされたオーナーシェフだが、新鮮な刺身、白子のてんぷらなど和食メニューもすばらしい。食事に合わせて白ワイン、赤ワインと思わず知らず杯が進んでしまった。
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 このようなすばらしい方々とオフでも知り合うことが出来たのに、なんと東京異動の内示を受けた。「単身赴任は辛いなあ」なんて口では言っていたが、気楽な独り暮らしの楽しみ方を少しずつ身に着けていた矢先だけに、ちょっと残念な気もする。
 お二人は東京に来られる機会もあるそうなので、次回はぜひ東京で第3回のオフ会を開かせていただきたいものだ。
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by scott_yonezawa | 2010-02-21 10:48 | お友達
 「かわいいコックさんのTALK TO-西洋家庭料理 ぼうがいっぽん」のcuococarino さんと、「慎之介の単なるボヤキ」のsinsama2さんと、ついに3ショットのオフ会を持つことができた!
 場所はcuococarinoさんの小学校時代の同級生が経営する、金山の「メリメロ亭」。シェフがご推奨されるだけあって、とにかく美味しい。たらふく食べて、翌日のことも忘れてひたすら飲んだ。
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 店構えは居酒屋風だが、メニューも飲み物も洋風なバラエティーがあり飽きない。
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 お二人の楽しいお話に時間のたつのも忘れて聞き入ってしまった。名古屋のこと、だいぶ勉強させてもらいました。ありがとうございました!!
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by scott_yonezawa | 2009-05-21 23:11 | お友達
 翌日は、那須の友人のアドバイスに従い、那須から甲子温泉を経由し、9月に開通したばかりの甲子トンネルを含む甲子道路で会津方面を目指した。
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 途中、「大内宿」の案内を見つけ立ち寄る。幅の広い道の両側に茅葺きの民家が立ち並んで、昔の宿場町の面影が残されている有名な観光スポットだ。夏はここを訪れる車で大渋滞になるらしい。この日は平日だったこともあり人では差ほどでもなかったが、それでもバス旅行のおじさん、おばさん達のはしゃぎ声があちこちの土産物屋の店先から聞こえ、幸せのおすそ分けを頂いた気分になった。
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 昼は喜多方ラーメンを堪能、更に裏磐梯ルートを走る。途中の「道の駅」から望む猪苗代湖は、雪山の墨絵のようなたたずまいにブルーのアクセントとなって良く映えていた。
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 金沢出身の親友のアドバイスでレンタカーのタイヤをスタッドレスに変更していたのは正解だった。一度だけアイスバーンで後輪が滑ったが、雪道慣れした彼の運転で快適なドライブだった。
 仕事に追われる毎日から少し離れ、気心知れた仲間と小旅行を楽しむのも良いものだ。帰りの新幹線で、手に入れた会津のお酒で一杯やりながら、次回の旅行の企画に花が咲いた。
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by scott_yonezawa | 2008-12-14 08:15 | お友達
 大学時代の友人と3人で、那須の温泉につかりに行った。脱サラして現地で商売をしている、これも大学時代の親友がちょうど新しい事務所を開いたというので、久しぶりに会いに行こうと盛り上がったためだ。
 彼は、会社の早期退職制度を利用し退職、なぜか土地勘のない那須に移住し、有り余る時間を利用して奥様と二人で自宅を建てたのだ。そのとき自分で家を建てれば、こだわりの家を安価に立てられることに着目、基礎や棟上げなど素人に難しい部分をプロに任せる一方、壁、床など比較的簡単な部分を大工さんに教わりながら立てる、「ハーフビルド」というビジネスに参入した。
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 写真は彼の自宅、こんな家に住んでみたい! 奥の建物が新しい事務所。モデルハウスの役割もある。2階のライブラリーでは彼が集めた住宅関連の本をお客さんが参考にできるようになっている。
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 事務所にあるストーブ。このストーブのそばで商談をしたら、お客さんの夢がどんどん膨らむこと請け合い、憎い小道具である。
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 こちらは自宅のストーブ、このストーブの前でしばし歓談。それぞれの近況を報告したり、学生時代の思い出話に花を咲かせた。
 土地勘のない那須で、業界勘のない建設業を営み、軌道に乗せるまでの苦労話も、エキサイティングだった。奥様の前で「彼女の支えがあったからここまでこれた、本当に感謝している」と言う彼の言葉に、心まで温まった。
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by scott_yonezawa | 2008-12-14 08:13 | お友達
 「はじめての課長の教科書」「あたらしい戦略の教科書」の著者、酒井穣さんとおよそ2年ぶりに再会を果たした。

 僕自身がブログをはじめたのは、ブログがどんなツールで何に役立つのかを経験するため、自分の行動や思ったことを書き綴ることにしたのがきっかけだ。はじめて少したったころ、ブログの世界で、他の人たちはどんなことを書いているのか気になりだした。そこで自分の興味のおもむくまま、同年輩の男性が何を感じどのように振舞っているのか、とか、駐在時代を懐かしむように、今海外で生活されている方はどのように過ごされているのか、などいろいろ読んでみた。
 そんな手当たり次第のなかで、きらりと輝いて惹きつけられたのが酒井さんのブログだった。
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 難解な題材を、理路整然と、かつ平易な文章で書かれる筆力や表現力にいつも脱帽していたが、その酒井さんが本を書かれたので、うれしくなって2冊とも拝読した。どちらも僕自身が普段もやもやと考えたり感じたりすることが、見事に文章化されていて勉強になる。プロジェクトを進めると常に問題が発生し、準備の悪さに自分の力不足を感じていたものだが、酒井さんは戦略の実行をカーナビにたとえられ、立ち居地がどんどん変わっているのだから状況が変化するのはあたりまえと喝破されてのには、目からうろこだった。むしろプロジェクトの旗印を明確にあげると、そこに情報が集まるから良くも悪くも課題が挙がるのだと思えば、それさえ楽しめるよう考え方を変えることができた。
 常々、会社生活でも私生活でも、年齢を重ねたからといって自分の枠を固定したくないなあと考えており、新しいことを勉強したり、新しい人と出会うことを億劫がらないように心がけているつもりだ。その意味で酒井さんとの出会いは、とても刺激になっているし、このオフ会に同席された以下の方々からも心地よい刺激を頂いた。

   もぐらはぺったんこのtomさん
   ぷらぷらカメラひトリ歩きのfalconさん
   けちけちオヤジのお気楽ダイアリーズのdosanko0514さん
   shikiのひとりでできるもん!のshikiさん
   あさひろむのasahiromさん

 写真は、自著に署名を頂いているところ。売り上げ10万部超と伺っているので、多分全国で10万人以上の方を羨ましがらせちゃっているかもしれない。(笑)
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by scott_yonezawa | 2008-08-09 12:27 | お友達
 友人の息子さんが最近転職したという。数ヶ月前ご自宅に伺ったときに、その息子さんともお会いして話をしたのだが、そのときは「料理人になる夢に向かってます」とのことだった。レストランで板前の見習いを始めたと言う顔が、生き生きとして誇らしげだったのがうれしかったことを覚えている。久しぶりにその友人に会ったので、板前修業のその後が知りたくて尋ねたら意外な答えが返ってきた。すでにそこはやめて問屋さんに再就職したというのだ。ゲームセンターの景品を補充する仕事らしく、毎日駆けずり回って大変だとこぼしているらしい。
 別の友人も自分の娘が高校を辞めたという。できの良い部類の高校だし、すでに3年生なのだから、結論を急ぐ必要はなかったんじゃないかと、他人事ながら思った。そもそもつい半年前は、かなえたい夢があるので、高校を出たら専門学校に入って勉強したい言っていたはずだ。
 偶然似たような話を聞いて、なんだかいたたまれなくなってしまった。「確かおまえさんがた、夢があるって言ってたよな、あれ何だったんだよ」と突っ込みたくなる。
 ニューヨーク・ヤンキースの松井選手は「夢を夢で終わらせない」を信念に、日々鍛錬したと聞く。甲子園に出る、プロ野球選手になる、メジャーに行く、どれも果てしない夢に思えるが、彼はたゆまぬ努力で夢を実現してきた。
 もちろん、多くの球児たちも同じ夢を描いていることだろう。そして人生の節目節目で自分の才能や実力を顧み、悔しい思いをしながらも夢を断念しているに違いない。ただ彼らは最大限の努力の末結果が出なかったのだから、悔いはないのではないだろうか。
 友人の子供たちには、その努力があったのだろうか?やるだけのことをやってあきらめるならしょうがない。でも無理そうだから、辛いから、夢をあきらめたのだとしたらあまりにも安易ではないだろうか。「石の上にも3年」、ひとつのことで結果を出そうと思ったら、最低これくらいの時間が必要だと昔の人も言ってるじゃないか。
 説教好きの親父みたいになってしまったが、ここでその子たちを責めるつもりはない。むしろ石の上に20年以上も座り続けている自分を反省!「転石苔むさず」、僕の場合はこっちだな。夢をもって次の石を見つけて、新たに3年ぐらい座ってみようか。
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by scott_yonezawa | 2005-07-03 08:40 | お友達
昨日の朝、テレビから聞こえてくるK君の声で目が覚めた。
彼は某テレビ局のヨーロッパ特派員で普段はパリに駐在している。昨日の中継はローマ法王の死去をバチカンからレポートしたもので、普段はカジュアルな服装が多いテレビマンも、この日はダークスーツに紺地のネクタイで、威儀を正していた。
昨年末はバリ島沖の地震+津波の被害をスリランカから中継をしているニュースを見たが、二次災害や衛生面で不安のある地域に飛び込まなければいけないのだから、なかなか厳しい仕事である。
彼とは大学時代の4年間同じ下宿で過ごした仲なので、良い面も悪い面も十分理解しているが、テレビマンの仕事は彼の天職だと感じる。語学の単位を落として留年しかけた男が、今では(怪しい)フランス語を駆使する特派員なのだから、仕事選びで自分の強みや弱みを意識することにどれだけの意味があるのかと考えてしまう。

テレビに映る彼の頬が少しこけており、おまけに手元の原稿を読むために老眼鏡をかけていたのを見て、ちょっと老けたかなと余計な心配をする。
まあ僕も今日、頼んでいた読書用眼鏡(老眼鏡と呼ばないで)を取りに行くので人のことは言えません。
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by scott_yonezawa | 2005-04-05 12:59 | お友達